監督・脚本・主演:松本人志
笑える、とか、つまらん、とかいう前評判を聞いていながら、観に行ったのだが、
僕は泣けた。
これは「笑い」とはちょっと違うと思う。
言うならば「おかしみ」ではないだろうか?
一生懸命に生きる人の姿は、客観的に見れば、みな、おかしい(滑稽な)ものだと思う。
馬鹿にしているわけではなく、本当のことだ。
懸命であり、懸命であるがゆえに滑稽であるからこそ、僕達にはユーモアが必要なんじゃないだろうか?
向き合い、辛くなるのではなく、一歩離れた所から自分自身を笑い飛ばせるような。
なので、この映画も、真面目に真っ向から受け取るのではなく、
一流のユーモアとして一歩離れて受け取る距離感が、受け取り手に必要だと思います。
真面目な人がみるとそのままに受け取ってしまいそうなので。
物語最後にコントを持ってきたのは実験的、かつ、松本人志さんの立ち位置の明確な主張ととれますが、
その中に、赤ちゃんを蹴飛ばすシーンがあります。
これは、個人的には、やはり観ていて辛いものがあったのですが、
この真意は、おそらく、いわゆるアメリカンジョークやブラックユーモアへの批判だと思います。
そして、「コント」の中でのギャグなので、ギリギリ許される範囲というか、
逆説的に言えば、松本さんのモラルゆえにコントにした、と。
僕はそのように受け止めましたが、このシーンを許せない人は多くいると思います。
他、個人的な好みですが、カメラの長回しなどは、見ていて美しくて好きです。
空気が映されている、というかね。
ここらへん、漫才やコントにも通じる部分があるのかもしれません。
ところで、カンヌ映画祭であまり評価されなかったと聞きますが、当たり前です。
日本人の一般的な生活習慣や文化、感覚がわかってないと理解できません。
ここらへん、漫画も同じだと思います。
ワールドワイドなポピュラーさが、わかりやすく表現された漫画以外、
日本人にしかちゃんと伝わりません。
そして、最も評価できるのは、
それらを内包した上で、エンターテイメント映画として成立している所です。
ギャグとしての「笑い」も随所に散りばめられたり、工夫があります。
ジャンルに関わらず、僕が評価するものとは、
実験的であったり新しかったりしながら、それらが普遍性と自然と同居したもので、
これは、本当に実力がないと、創れません。
今から15年くらい前かな。
『頭頭』という映画を観て、すごく良かった記憶があります。
これにも、悲哀に通じる「おかしみ」があったように思います。
その後、観ていないので15年くらい前の記憶ですが。
それが僕がダウンタウンという存在を知った最初でした。
さて、最後に漫画的なことを書いて〆ます。
『大日本人』に、僕の書いたようなおかしみを感じることができたならば、
「いましろたかし」さんの漫画を読まれることをお薦めします。
『初期のいましろたかし』から、まずは入ってみてください。
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